見事な転職

ただ、息子はすでに二十五歳になり、働いていましたから、差しあたっては夫婦二人の生活のことを考えればいい環境ではありました。 重い足取りで帰宅すると、Fさんは妻に切り出しました。
「今日、会社から早期退職についての話があったんだけど、定年まで待ってたら、その先のチャンスがなくなるような気がするんだ。 だから、この際、辞めようかと思うんだが、どうだろう」「来るものが、来たのね、ついに」。
妻は一息入れました。 そして、「でも、あなたの気持ちが辞める方向に動いているんだったら、もう辞めてもいいんじゃないの。
一年間は失業給付がもらえるんだから、その間に次の就職先を見つけたらいいじゃないの」。 その一言を聞いて、Fさんは胸の内がスーツと軽くなったような気がしたといいます。

家計のことや、家族の気持ちが、意思決定の障害にはならないということがはっきりしました。 そういう前提で、自分のこれからの人生について、十日ほどの期間をかけ、改めて熟慮した結果、最終的には退職するという自己決定をしたのです。
退職は八月末でした。 当時Fさんは、品質管理部門において、出荷する自社製品の検査、他社から購入した受け入れ部品の検査、外注先の監査、得意先でクレームが出たときの対応、統計的な手法を用いての品質管理といった業務に携わっていました。
早くに次の就職先を見つけたいという思いが強かったので、再就職支援会社(LCA)への登録申込をいち早く行ないました。 一般的には、同じ会社の人同士、退職時期も重なるために一緒に研修やグループカウンセリングを受けることが多いのですが、Fさんは同僚たちよりも早く始動していたので、他企業出身の方々と同じチームで活動することになりました。
一通りの研修を受けて、九月はじめには実際の就職活動を開始する運びとなっていました。 ただ動き出したのは早かったのですが、次に進みたい道について明確にイメージを持っていたかというと、そういうわけではありませんでした。
当然といえば当然ですが労働市場の流動化とは無縁なまま一つの企業のなかで何十年も過ごしてきたわけですから、五十五歳という自分の年齢を考えたとき、どのような仕事や求人があるのか、当初はなかなかイメージも持てなかったといいます。 まずは行ってみようということで、担当のキャリアコンサルタントと一緒にハローワークに行き、とりあえずいままでの経験が生かせるような品質管理、及びその周辺の仕事を探しますが、なかなかこれという企業に巡り合うことはできませんでした。

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